読書人間の電子書斎

〜今まで読んだ本を記録して自分だけの図書室を作るブログ〜

怖い絵 死と乙女篇 中野京子

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戦争、争いを人間はいつになってもやめられない。

それは、今も昔も変わらない。


ただ、当時の人間はそれを口にしてはいけなかった。
画家だけが(ギリギリ危ないところで)表現できた。

画家だけが、当時の風景を残すことができる証人のようなものだ。

 

そんな重い感じでスタート。

 

怖い絵シリーズ

怖い絵 死と乙女篇 (角川文庫)

怖い絵 死と乙女篇 (角川文庫)

 

 

これは、様々な画家が描いた絵画を著者が細部まで目を通して読みとき

絵を通して当時の怖い情勢を暴くという本。


印象的だったのは


伝レーニの「ベアトリーチェ・チェンチ

美しく、若い少女が処刑されるところをみたいと願う人々のために犠牲になった少女がいる。それが、ベアトリーチェ

檻のなかのベアトリーチェを描いた1枚。

こんなに、美しく、あどけない少女が

人々の醜い欲望の犠牲になったのかと思うとやるせないきもちになった。

 

ゴヤマドリッド、1808年5月2日」

戦争で追い詰められ銃で撃たれた無実な人々の姿が

ゴヤの目を通して描かれている。

画家はこの惨劇を後世の人々に伝えるために描いたんだろうか。

 

アミゴーニ「ファリネッリと友人たち」

美しい声のためにカストラート(去勢)された男性歌手の絵
あたかも優雅に平和に描かれていているのがよりいっそう怖さを引き立てる…

 

レーピン「皇女ソフィア」

貴族たちのドロドロとした権力争いに巻き込まれ殺害された兵士たち…

ソフィアは権限を握ってたんだけど最後には塔に幽閉され

脅しのためにソフィアの側近の兵士を殺して

塔にいるソフィアから見えるように吊り下げられるという

精神的な苦痛まで与えられている様を描いた恐ろしい絵

 

セガンティーニ「悪しき母たち」

今でいう毒親を持った画家自身の憎しみが絵から伝わる、この絵って木々が繁ってる絵なんだけどよく見ると胸をはだけた母親と

赤ちゃんが描いてあるんです。

ただ、その母親らしき人物は赤ちゃんを見ていない…

どうもうすら寒くなってくる絵だった。

 

ホガース「ジン横町」

飲み物が高騰しミルクよりも安いからと子供にジンを飲ませ
自らもジンに酔いつぶれ狂態をさらす貧民街の大人たち…
そして、高い地位にあるものはそういう者たちを玩具にしてもいいと思い
それが、後の切り裂きジャックを生んだ。

 

シーレ「死と乙女」

地位の高い女性と結婚するためシーレは恋人を捨てた。

これ自体はよく聞くし、シーレ自身も恋人を捨ててからは自業自得な最期を迎えてしまった。
ただ、シーレと同じアカデミーを受験したのがあのヒトラーだったというのはなにか寒気を覚える。


この作品では著者の解釈ありきの作品だけどそれでいい。
絵画の見方は人それぞれで答えなどない。

答えはたぶん、今はなき画家たちに聞くしかない。

 

でも、そんなことは不可能…だから、読み手は考えなければならない。

 

画家が世界に怒り、苦しみ、不条理を感じた
その思いをキャンバスに思う様ぶつけたその絵画を見て
画家が後世に遺そうとしたその感情を
読み手は解釈しなければいけない。学ばなければと切実に感じる。

 

人の争い、醜さ、残酷さ全てを受け入れるために思考を止めてはいけないのだ。 

 

たぶん、それが過去を偲び、未来を変える、一つの方法でもあると私は思う。


なかなか今回の怖い絵は重かった。

 

表題作である「死と乙女」という作品も
争いとは関係はないがなかなか怖い…というよりも「かわいそう」な作品。

 

著者の読み解く絵の解釈は鋭いものがあるので
読んでいて勉強になるし
自分も独自の解釈を考えたくなる。
良い意味でも悪い意味でも好奇心を刺激される作品。

時代を通した色んな怖さを知ることができた一冊。

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