読書人間の電子書斎

〜今まで読んだ本を記録して自分だけの図書室を作るブログ〜

【和菓子の甘さ、人生のほろ苦さ】「和菓子のアンソロジー」坂木司編

「和菓子のアン」の著者の坂木司さんがいろんな作家さんにリクエストした和菓子がテーマのアンソロジー

 

個性豊かな作家さんによる甘いミステリー、甘いコメディ、甘いコメディ、甘い怪談…色んなジャンルのお話がぎゅっと1冊に詰まっているアンソロジー

 

甘いもの好きの私としてはヨダレの止まらない一冊だった

この本は10篇からなるアンソロジーとなっており、1話目は坂木司さんの「和菓子のアン」のスピンオフ的な描き下ろしが収録されています

 

私が特に好きな作品をピックアップして簡単なあらすじと感想を記録していきたいと思います

 

「空の春告げ鳥」坂木司

「和菓子のアン」スピンオフ

正月にデパートの「駅弁大会」という駅弁の催し物会場に行くことになったアンちゃん、なにげなく覗いた和菓子屋さんで和菓子の知識皆無の店員さんに文句をつける一人の男性客がいた

「いつまでこんな飴細工の鳥を置いておくつもりなんだ」と男性は謎の言葉を吐き捨て去っていったのだが、アンちゃんはもやもやとする…

飴細工の鳥」ってどういう意味?バイト先の和菓子屋の仲間達に事の顛末を語るアンちゃんだがこの謎は解けるのか?

 

★感想

こちらは「和菓子のアン」で読んだような和菓子の専門用語を使ったミステリー要素はもちろん、ただクレームをつけているように見える男性の和菓子への熱い思いが伝わる話だった

飴細工の種類についても勉強になったし、なにより相変わらず立花さんが乙女で可愛いくて、旧正月のイベントで中国グルメを食べるアンちゃんの食レポが最高だった

とにかく小籠包を食べたい…

 

「トマどら」日明恩

一見冷徹に見える財務捜査官の宇佐見だが、実は甘い物が大好き

同僚に苦い目で見られがちな彼は今日も行きつけの和菓子屋へ行く、しかしそこのおかみさんに娘の里香が悪い男に騙されているので解決してほしいという話をもちかけられる

いや…刑事といってま財務捜査官なのだから捜査はちょっと…と思いながらも美味しいどら焼きに惑わされてズルズルと…

 

★感想

どら焼き美味しそう…っていうのは置いといて

こちらは、きちんとしたミステリーとなっていて謎解き要素はないけれど楽しく読めた

里香の姉の文子が善人すぎてミステリーとしての面白さはもちろん、ヒューマンドラマとしての感動も味わえる良いお話

 

 

「チチとクズの国」牧野修

借金を抱え人生に疲れた主人公「ぼく」は自殺を考えた

しかしそんなぼくの前に死んだはずの父親が幽霊となって現れる

腰を抜かすほど驚くぼくだが、父親は言う「甘いもん食いてえ」

 

★感想

これは本当に面白かった

主人公のお父さんがとにかくガバガバテキトー野郎すぎるうえに、寒いギャグを飛ばしまくるんだけど、人生に疲れ自殺がテーマのこの話が暗くならずに済んでいるのがなんともバランスが良くて読みやすい  

 

生前に好き勝手やって亡くなったお父さんだけど、死してなお息子を想う気持ちが伝わり暖かい気持ちになるし「生きたモン勝ち」そんな言葉が脳裏をよぎる話だった

ただし、息子の救い方はかなりギャグ要素満載…

 

「糖質な彼女」木地雅映子

アイドルのりりちゃん大好きな引きこもりのヒロくん

母親に連れられた精神科にて若い医師に煽られてキレて診察室を飛び出した

母親を振り切り病院をうろついているとヒロくんに一人の女の子が話しかけてきた

上生菓子、一緒に作りませんか?」その女の子はりりちゃんだった

 

★感想

これ語りは軽い作品だけど、精神病、精神疾患患者の作業所、果てはSNSが発達してよく聞くようになったいわゆる毒親というものに関して考えさせられる内容だった

 

タイトルからして詳しい方なら分かるかもしれないが「糖質」はいわゆる「統合失調症」をもじったモノ

統合失調症はその症状ゆえに避けられやすいけど、この作品では統合失調症患者の症状があくまで自然体で描かれていて感心した

 

そして最後に煽り医師が良い仕事をしていて精神病という重い題材の作品にも関わらずほっこりとした気持ちで読み終えた

 

「古入道きたりて」恒川光太郎

杉本は釣りをするために長門渓谷にいたのだが、突然の雷雨に見舞われ、一人の老婆が住んでいる古民家に泊まることになった

その夜、杉本は山よりも大きな巨人を見かける

朝、老婆はその巨人は「古入道」だと説明し、美味しいおはぎを食べさせてくれた

 

そんな過去の話を杉本に聞かせてもらった七尾

「んで、どうなったんだ」と話を促す七尾だが「それで終わり、家に帰ると赤紙がきていてな」と不思議な体験話を切り上げた

時は第二次世界大戦、二人は敵兵に追われて岩場の洞窟にいたのだ

 

★感想

この話もかなり重いテーマだけど、第二次世界大戦が終わり40年も立った時に七尾が長門渓谷を訪れるという展開が良かった

戦争の悲惨さはもちろん、死者の想いを継いでいくという、繋げていく事の尊さを思い知る

 

あと、おはぎは秋だけの呼び名で、春は牡丹餅、夏は夜船と言う事を初めて知った

 

★まとめ

タイトルに書いた通り、甘い和菓子にほろ苦い人生が描かれている

「和菓子のアンソロジー」表紙だけ見ると、可愛らしい本のように思えるけど、どの話も和菓子の甘さに対してうまくいかない人生の苦さの対比が特徴的な1冊だった

 

10篇から5話だけピックアップしてあらすじと感想を書いたけど、正直に言うとどの話も面白いし、謎解き度が多めのミステリーが多くて楽しく読めた

ミステリー、日常ミステリー、冒険物、暗号謎解き、コメディ、ヒューマンドラマとこの1冊だけで色んなジャンルの作品を一気に読めるし、どの作家さんも和菓子の味の描写が美味いしで読んで本当に良かった

 

白い丸い和菓子…中にはねっとりとしたあんこが入った松露、みかんが入った牛乳かん、可愛く彩られた上生菓子…全部この本に登場する和菓子だけど、あー…今すぐ食べたいなあ